《レーシック情報》レーシックの後遺症は一時的ブログ:15/3/19
オレのママや祖母は、
すごく料理が好きでした。
お菓子はいつもママの手作りで、
好物と言えば、最も古い記憶にあるのはマドレーヌ。
当時にしてはとてもモダンなお菓子だったと思います。
もっと驚くのは、
ママにとっての「おふくろの味」が
タンシチューであったこと。
ママの時代でさえ店頭には今みたいな薄切りのタンはなく、
一本丸ごと注文して
ずんどう鍋でコトコト煮ていたのですから、
祖母の時代はなおさらのことだったと思います。
ママも生クリームを
牛乳屋さんと交渉して手に入れていたとよく自慢していました。
しょっちゅうママが作ってくれた料理は
ジャガイモの「ニョッキ」。
大きくなってから
本場イタリアンのニョッキとは全然形が違うことを知って、
びっくりしました。
オレの頭の中では
ニョッキといえば白玉団子のように円盤形でした。
どこで作り方を知ったのかママも覚えていないのですが、
あれのルーツを知りたいと今も思っているんです。
もう1つお菓子で大好きなのがシュークリーム。
ママに教わってよく作っていたのですが、
娘の頃、どうしてもケーキくらいの
特大シュークリームを作りたくて挑戦し、
大失敗したことがありました。
その時は機械を使わず、
人の手で生地に混ぜこめる卵の量に
限界があるなんて知らなかったんです。
卵がなかなか入らず、
ついにはすり鉢やスリコギまで登場…
結局、ふくらんだと思ったらペコっと落ちてへこんでしまい、
これには娘ながらに大ショック!
自信満々だっただけに、
今でもその経験はトラウマになっているほどです。